「あっ 受験しなかった一番の理由はね、美鶴と別々の中学には行きたくなかったからなんだけどね」
慌てて付け足す里奈の言葉に、ツバサは笑ってしまう。
納得だ。美鶴と別の高校へ進学した途端の登校拒否だ。美鶴と離れて唐渓などに進学していたら、中学も卒業はできなかっただろう。
「でもね、それってやっぱワガママかなって悩んでて、悩んだまま受験説明会に行って、そこで会った人なの」
里奈の脳裏に甦る。
「悩んでいるなら、辞めたほうがいいわ」
明るいが、とても静かな声。
「唐渓は、あなたのような子が通える学校じゃない」
「残念だったね」
ツバサの言葉にハッとする。
いつの間にか俯いているツバサは、呆けていた里奈の表情には気付いていない。
「やっぱり、会えなくって残念だったね」
「そうだね」
「誰だったんだろ? その人」
「誰だったんだろうね。初めて会った時、その人、唐渓の高校の制服着てたんだよね」
その時、里奈は小学五年生。一番年齢が近くて高校一年生だったとしても、今はもう卒業している。
「卒業生名簿見たら、みつかるかな?」
「名簿って、そんなに簡単に見れるの?」
「わかんないけど… 名前、わかる?」
「えっとね」
指を顎に当て、記憶を探る。
「確か、レイって名前だったかな。名字は… お、おがさ…… うん、織笠鈴」
「……… れい」
ツバサの瞳が、闇夜をぼんやり彷徨った。
死ななかったな。
窓に手を当て、外を見る。
闇夜。
まぁもっとも、彼女は死にたかったワケじゃない。その点が、大きく異なる。
慎二は瞳を閉じる。目の裏で、少女が一人、横たわる。
事が起こって、そこで初めて知った存在。だから死んだと言われても、ハッキリとその姿を思い浮かべることはできなかった。
自殺した織笠鈴。慎二は彼女に腹が立つ。
女は弱い。そして醜い。
ぐっと握る右手の携帯。
まさか、こんなところで役に立とうとは。
聡の口から京都という言葉を聞くまで、その存在すら忘れていた。GPS機能など使ったこともなかったから、本当に役に立つのかどうかもわからなかった。
ゆえに慎二はこう言った。
「京都のご質問にもお答えしたいが、その前に一つ試したい」
その言葉に瑠駆真は訝しんだが、あの場合はやはり"試す"という言葉が一番妥当だった。
話を聞くに、今日一日、美鶴は聡や瑠駆真の前からすっかり姿を消していた。それが意図的なのか反意図的なのか、それすらもわからぬまま焦る彼らの目の前で、慎二にしか出来ない方法で彼女を見つけ出した。
それはそれなりに気持ち良かった。
再び開く瞳は艶やか。細く切れた双眸の光。背に流れるのは、金糸の絹。
大迫美鶴
手遅れになっていれば、殺されていた。
あの少年は狂っていた。脅しなどではなく、本当に殺していただろう。
自分は断片的にしか事の真相を理解してはいないのだろうが、周りが見えなくなっていたのは確かだ。
あまりに優等生を演じ過ぎたゆえの反動だろうか?
いや、違うな。
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